AIの不可侵エリア

2026.06.04

興味

AI は凄いなぁ。

は、素直に認めてるというだけで、ひとりのコンポーザーとして決して弱気になっているわけではないことを伝えておくね。

曲を作り、歌詞も作り、編曲もやり、最後には歌まで歌ってしまう。

作品に「完璧」はないから、そのような表現は使わないとして、世の中が十分満足する作品は、もうAIが作りだす。

映像の分野もそう。
これからはドラマや映画の脚本も書き、それを演じる俳優も作りだす。
世の中に存在しない俳優の演技で視聴者、観客は感動する。

例えば「SFスペクタル感動巨編」を制作するのに、「制作費1000億円」というのもその作品の宣伝文句になるわけだ。

その「1000億円」は、AI制作であれば「2000万円」で完成したりする。
極端な話をしてます。
2000万円は言い過ぎだろうから。

でもだ、
いつかはそうなります。

必ずそうなる。

そのような制作に興味も持つ一般人が、いつかは自分のパソコンで「SFスペクタル感動巨編」を完成させる日がやってくる。

一昨日、ブログのテーマにした「火の鳥」や、
僕が、自分が読んだ漫画史上で愛してやまない「漂流教室」。

これは、アニメだからこそ表現できた作品。
実写では無理なんです。
「漂流教室」は映画の実写版があります。
大林宣彦監督によって実写化された。
もちろん、観に行ったよ。

大林監督の満足はどれくらいあっただろう?

きっと、もっともっとお金をかけて、オリジナル(漫画)の「漂流教室」を再現したかったはず。

アニメを実写化するのは大変。
アニメなら何だってできるわけだから。
やはり、それには決められた「制作費」という超えられない山、壁が立ちはだかってしまう。

時代は「AI」になった。
延々と続く砂漠も、押し寄せる津波も、大地を狙い撃ちする雷も、この世の終わりを見せる地震もビルの倒壊も、UFOの来襲も何もかも・・・。
AIであれば、アニメ以上にリアルな実写で作品を完成させることができる。

この世に存在しない俳優の演技で。

話を音楽に戻すと、
メロディにも人間が「気持ち良い」と思える音符の並びのアルゴリズムというものが必ずあるでしょう。
そして、声にも。

歌詞に関しては、今、AIがどこまで進んでいるのか分からない。
一度試しに使ってみたあの時以来、利用してないから。

1年前だったっけ?
あの時は、「まだ全然ダメだな」という感想。

でも、AIの進化は人間の1年とは違う。
リフレッシュも睡眠を取ることもなく、秒よりもっと細かな小数点で進化し続けてるわけだから。

「これはAIには書けない」

も、それを作品として発表したその瞬間にAIは作品を習得する。
言葉の並びをデータとして、その作品ではない別の作品とするアルゴリズムで。

僕らが、今AIに勝てるのは「想像」です。

現在、世界はデータセンターの建設を競い合ってる。
でも、アメリカでは、そのデータセンター建設の約5割がストップした。
データセンターを稼働させるための電力が追いつかない(理由はそれだけではないだろうけど)

AIと人間を比較すれば、人間の脳には、その電力を賄う能力がある。
脳には、データを走らせながら同時に冷やす能力があるという。
AIは、まだそれができない。

と、思っていたのも束の間。
日本のある大企業が、同時に冷やすものを開発した。
もうまもなく完成するでしょう。

それでもだ。
AIの演算能力は、所詮計算の積み重ね。
どれだけ速かろうが、計算。

人間の想像は、演算じゃない。
言えば、ワープです。

作品に勝ち負けはないだろうけど、
僕らは作品を生み出す者として、AIの及ばないところに居る必要があります。

そこが「想像」という不可侵エリアだと思うのです。


さて、仕事に戻ろっと😊

ASKA(2026/6/4 18:03)

コメント
  • sachi

    おはようございます!

    AIで作られた音楽や映画を知らされずに視聴したら自分は感動するのだろうか、と思いました。
    今のところは音楽に関しては心にさほど響かないのが正直な気持ちです。
    作った人(ら)が一生懸命心込めて歌ってきた音楽をずっと観て聴き続けてきて感動していたから、ある種
    それが洗礼のような感じなのかもしれないです。
    映画なども、ハリウッド映画全盛期のスペクタクル作品、例えば「ベンハー」や大作「風と共に去りぬ」など
    の感動知ってるから、それらがAIに変わっていくのかと思うと複雑ですね。
    日本の映画界はそんなに資金集められないような印象あるので大林監督も苦戦されたのかな、などと
    想像しています。🎦 「漂流教室」読んでみたいです。

    今はかつてのエンタメのノスタルジーを感じているけど時代は刻々と変わるから先は感動するかどうかは
    わからないですね。😊

  • KASHIWA HILL

    ASKAさん、おはようございます😊

    AIの歌声ってキレイですが、それしかないというのが私の正直な感想です。
    心や耳に引っかからず、右から左に流れていき、心に響いたりグッとくるものがないなぁと思ってしまいます。

    もし将来、AIの歌声に心を動かされたり、グッときたりする日が来たら、その進化の凄さに驚くと思います。同時に、怖さも感じると思います。

    ASKAさんの、今AIに勝てるのは「想像」です。という言葉には、とても納得しました。
    経験や知識を積んで、想像力を鍛えたいと思います✨

  • ccann

    AIが書いた論文かを判定するシステムを開発したと新聞にあります。

    判定システムのサイト上に文章を入力して約200項目で判定する。 

    AIを見て手入力した場合でもスムーズに執筆したと検知し、人の手によるものではないと判断する。

    人が作ったもの、人が表現したものを守っていく大切さを感じます。

  • うさぎT

    追記

    「三体」って、一応ドラマ化はされてるんですけど、
    小説を超えられないんです😅🥲
    想像力の弱い人には何のことかもわからないくらい、難しいガチのSF作品。
    わたしも、無い想像力を膨らませながら、読みすすめてました😅😆
    でも、これはハリウッド映画でも出来そうにないので、AIも映像表現は不可能じゃないかな〜
    頭の中で想像しているのが1番なのかもです☺️🤗✨



    🎀🌙

  • うさぎT

    おはようございます☀️

    よくYouTubeを視聴しますが、
    あのナレーション❓、漢字の読み方すぐ間違えるんですけど😅😂
    昨日も聴いてたら、
    「踵を返す」を"きびすを返す"ではなくて、"かかとを返す"って、何度も言ってました😆😂
    AIには漢字の読みはちょっと難しいみたいですね。
    漢字は読み方が何通りも有るし、
    まだまだ学習途中ですね。


    「漂流教室」はドラマにもなってたんですよ☝
    常盤貴子さん、窪塚洋介さんが出演されてました。
    もちろん、「漂流教室」は大好きだから観てました✌
    映画は知らなかった😱
    配信されてれば観てみたいです。

    「三体」は小説では想像しながら読めるけど、実写化は困難なので、
    AIにも出来ないと思いますよ☺️😉


    🎀🌙


  • Asako

    「想像という不可侵エリア」
    的を得ていることばですね、ASKAさんの表現力にはいつも感心させられっぱなしです。とても勉強になります。及川さんが取材したい気持ち、わかるような気がします。
    そして、人間の脳には改めて脱帽です!
    わたしたちの想像以上の存在が脳!ですね。

    漂流教室、読んでみたくなりました。
    姪が幼少のころから言っていたことがあります。「わたしはマンガからいろんなことを教えられてきたし、知識も得てきた」と。こんなことをさらっと言う彼女には到底かないません。ASKAさんもきっと漂流教室から得たものがあったのだと想像します。

    AI、どこまでいくのだるう?

  • とみぃ

    すごい勢いで、AIが生活に入り込んできている気がします。

    子供が言うには、読書感想文を、AIに書いてもらったりと宿題に使う子もいるらしく、コツコツ努力する人が減っていきそうで怖いです。
    小学校の紙のテストが、この春からデジタルテストになりました。タブレットですぐに結果が見られます。でも、テスト返しの時の「100点すごいね!」とか「ここをもう少しがんばれ!」とかっていう先生とのコミュニケーションは、なくなりました。
    いろいろと、考えさせられることがあります。。。
    私はAIがなかった時代が、好きだったなぁ。
    それでも充分満たされていた。
    子供達の考える力がどんどん落ちていってしまいそうで心配です。

    ASKAさんのような、素敵な言葉を紡げる人に育って欲しいです。

  • ミッチー

    神の言葉を信じるか信じないかは自由です。人それぞれでいいんじゃないですか?

  • ミッチー

    敬子さんへ
    あなたの神への考えを何回も投稿するのはやめて頂けますか?
    この場所には不適切だと思います。
    とても不愉快です。
    他の所で論じて下さい。

  • 敬子

    神の言葉によって、次に重要なことは、「この世界が神の言葉によって創造され」と言われていることです。

    それは、創世記の1章3節以下で、神が「光あれ」と言われるとその通りに光が出来た、というふうに、天地創造のみ業は神様のみ言葉によってなされていったことが語られている、そのことを言っています。

    そういう意味では、1節にはまだ、「神の言葉による創造」ということは語られていない、とも言えます。
    しかし、このことの中心的な意味は、神様がどのようにして天地を造っていかれたか、という「やり方」の問題ではないのです。

    「言葉によって」ということが意味しているのは、そこに、神様の明確なご意思、み心がある、ということです。

    この世界は神の言葉によって創造された、というのは、この世界がこのような世界として存在し、私たちが今ここにこのような者として存在していることの背後には、神様のご意思、み心、あるいはさらに言えばご計画がある、ということなのです。

    そのことは、1節の、「初めに、神は天地を創造された」においても、「神は」という言葉において見つめられ、語られていることです。
    この世界は、「神が」創造された、神のご意思、み心によって創造された、この世界の存在の根拠は、神のご意思、み心、ご計画なのだ、そのことをこの1節は既に明確に語っています。