人は大筋、予め敷かれた道を歩んでるのかもしれないな(3)

2026.11.07

興味

この日、僕は僧侶に囲まれた。
囲まれたというか、次々にご紹介いただいた。

「僧侶」というと、袈裟(けさ)や法衣を纏ってる姿を想像しがちだけど、このようなパーティではスーツで出席されてる方が多い。

今や、お寺を宿泊施設にしてるところがある。
和歌山県の高野山「恵光院」の住職もそうだった。

ドラマなどでよく観たよ。
戦いで怪我をし、逃げ延びた武将がお寺にかくまってもらうシーン。

そういう意味では、宿泊を一般に開放してることは、何ら不思議ではないね。
現代風にいうと「お寺がホテルを経営」だ。

そんな僧侶たちから、よく、こう言ってもらえる。
「修行時代、苦しくて苦しくて泣きながら歌を聴いてました」

泣きながら歌を聴いてくれてた修行僧が、年月を経て住職になり、今、僕の前に立ってる。
音楽を長くやって来れたからこその出会い。

国連の女性は、アフリカへの偏見を熱く語ってくれた。
ミクシーの代表が若くてびっくり。
いや、若く見えてしまったのだろうけど。

「北野天満宮」の統括さんか。
京都に来て、4年経ってるのに、まだ行ってなかったなぁ。

夜会も中盤を過ぎたところで、KENTO君がマイクを握った。

お話を聞いてると、今、世界が日本文化に目を向けてることがわかる。
日本って何だろうね?
「日出る国」か。

世界、いや北半球で、毎朝、最初に金色の光を浴びる国。

KENTO君の話を聞きながら、僕はぼんやりと、
「ノアの方舟」や「アラハト(アララト)山」の事を考えてた。
聖書からの解釈では、ノアの方舟がたどり着いたのが「アラハト」と言われる。

「ノアの方舟」自体は、まだ見つかってはいないけど、旧約聖書にはすごく具体的に書かれてる。

人間って平和を求めるけど、それは、そもそも戦い、殺し合いを続けてきたから。

きっと、僕ら人間のDNAには「戦うこと」が刻まれてる。
だから、ずっと戦争を繰り返してる。

そんなことを考えてた。

畳の上で、披露してくれたKENTO君の踊りも、アドリブだった。
アドリブであったにも関わらず「鼓(つづみ)」を打っていた方と、息がピッタリだった。
紛れもなく即興だったよ。


たくさんの出会いの中で、
ちょっと驚くことがあった。

僕は、これまで生きてきて、家以外、外食という意味では食事に拘りがなかった。
例えば、「秋になったし、〇〇を食べたい」など、そんなこと言ったことがなかったんだよね。
美味しく食べられたら何でもいい。

そんな僕が京都に来てからは、〇〇に行きたいと思うようになった。
落ち着くんだよ。
京都に遊びに来た人は、必ずと言っていいほど、そこに連れて行く。
このブログでも何度も登場してる「閑臥庵(かんがあん)」。


前回のツアーでは、
ライブ終わりに、メンバー全員を連れて閑臥庵に行った。


以前の住まい「北区小山」から歩いて行けた。

初めて閑臥庵を訪れた時、「あ、ここだ!見つけた!」と思ったよ。

そこは、お寺の「精進料理」。
生き物は、料理には一切使ってない。
「うなぎもどき」なんてのもある。
修行中のお坊さんたちも「うなぎ」を食べたかったんだな。
硬めのお豆腐で鰻を再現してある。


ユニークなのは「栗もどき」(笑)
この栗のトゲトゲは、ソーメンで作ってある。


未だにそう。
事務所やら周りから「また、ですか?」と言われるくらい行ってる。

夜会で、ひとりの男性を紹介された。
名刺には「閑臥庵責任役員」と書いてあった。

A「え!?」
男「はい、聞いてます。いつもご利用ありがとうございます」

閑臥庵と妙覚寺、そして京都御所(朝廷)は繋がってた。

当時、徳川と朝廷には確執があった。
閑臥庵には明治維新まで閉ざされた扉がある。
開かずの扉。

その扉の向こう側には、陰陽師「安倍晴明(あべのせいめい)に開眼させた金剛の神像がある。

貴船神社の奥の院に祀られていた金剛の神像を、後水尾天皇が閑臥庵に移し、
「北辰鎮宅霊符神(ちんたくれいふじん)を祀ってある。
北の神様。
北斗七星の神様。

徳川は、これを勘繰った。

「(京都)御所を守るとはどういうことだ?」

ほら、当時は幕府の方が朝廷より上だから。

この閑臥庵に足繁く通っていたのが「坂本龍馬」。
龍馬は「海援隊」を成功させたかった。
強力な力を持つと言われてる「北斗七星の神様」に手を合わせに来てたんだな。

そして、幕府を倒し朝廷を元に戻した。

龍馬にはいろんな話があるよ。
良い話も悪い話も。
うん、どれも坂本龍馬だと思う。
討幕の主役ではないという話が、最近やけにされてるけど、
間違いなく討幕に向かって奔走した男たちのひとりではある。

2018年12月10日。
その日は京都でオーケストラとのライブがあった。

その日、僕たち(マネージャー、コンダクター)は「龍馬の墓参り」をするために、朝早く「イノダコーヒー」に集合した。

偶然にも、その日が現在我々が使ってる「西暦」で、
龍馬の誕生日であり命日だった。


京都の街は石でできた階段だらけ。

車に乗って何気に外を見ていたら、キラキラと光が降り注いだ。
そして、あるひとつの階段を、下から上に向かって光が昇って行った。
見たことのない光景。

「運転手さん。車を止めてください」

僕たちは、その階段を上がっていった。

その日、僕は、ステージで、
「いつか、京都に住むことになります」
と、語った。

この話の詳細は「過去ブログ」にあります。


その日から4年後の2022年、僕は京都に住まいを移した。

こちらに来てからというものの、数々の偶然、そして出会いが、今も繰り返されてる。

人は大筋、予め敷かれた道を歩んでるのかもしれないな。


現在、僕は京都御所の間隣りに住んでる。
本当に道を一本挟んだだけのところにあるマンション。

どうやら京都とのご縁は深いようです。


ASKA(2026/11/7 16:31)

コメント
  • リヴォリ通り

    2018年12月10日のLIVEで ASKAさんがお話されたことを覚えています(8年前!)

    それを現実にされたことをブログで知ったとき、それはそれは驚きました!

    "京都ってほんまに狭いよな"

    日常会話で使うくらい、一個人の私でも人と人との繋がりを感じます

    それがASKAさんとなると、ブログを拝見しているだけでもすごい繋がり!なので

    これからも、もっと人との縁が広がっていきそうですね✨

    ASKAさんの人徳も相まってそうなのだろう✨と、勝手に推測しています☺️

    これからもたくさん美味しいものを召し上がってくださいね✨

  • 暇人アッコ

    ASKAさんお疲れ様で〜す。
    早いで〜すね。
    ASKAさんが京都に来て4年か早いで〜すね
    暇人アッコは大阪箕面だからなんか!ASKAさんを
    近くに感じられます!嬉しいで〜す
    遅くなったけど。『みんなのフォト』投稿しまいました

    おやすみなさ〜〜い。
    最愛なるASKAさん🩷🩷🩷🩷🩷

  • 悦

    もう一度写真を見直したらゲートがあって、お食事会なのにワクワクさせられますね!その先にパントマイム?の方。お寺の敷地に足を踏み入れたとこらから全てが始まっていてうわぁ✨なんだかほんとに素敵以外言葉が思いつかない。語彙力笑 閑臥庵さんも食べる前から楽しめそうな場所ですね。お食事も見ていて楽しそう。ぜひ京都にいく機会があれば行ってみたいと思いました。
    ASKAさんは京都に導かれたんですね。
    私、20代の時に京都によく行っていましたが、そこのスーパーでこちらではあまりみかけないハモが売っていたのにびっくりした記憶が。

    ASKAさんは京都にいらっしゃいますが、気持ちはそばにいますからね😉❤️なーんて、えへ
    すみません、えへってダサかったですね笑
    私はベッドで寝ます。おやすみなさい🌙

  • emico

    ASKAさん🪩

    凄く内容が濃くて壮大で
    何回も読んじゃいました。


    日出る国 
    ノアの方舟
    戦う事がDNAに組み込まれながら
    同時に平和を願う人類

    永い歴史を見つめ続けた京都にASKAさんは
    惹かれ
    そしてまた喚ばれたのですね。

    閑臥庵を 見つけた!と感じたのもそれ故ですね。

    坂本龍馬が通った閑臥庵 
    そして妙覚寺 ASKAさんのお住いの近くの京都御所。全て繋がっていて。

    もしかしたら2018年に龍馬の誕生日に見た光も予め用意されていたのかもしれませんね。
     
    閑臥庵さんのお料理とっても素敵。
    行ってみたいです😊
    ☆    ☆    ☆
    話がかわって恐縮ですが今日会社の人達とカラオケ🎤に行って
    C&A祭になりました✨
    私初めて❣Higher groundを歌いました。
    (激ムズですね)歌いながらASKAさんの熱唱を思い出して胸震えました。


    素敵なお話3連作
    ありがとうございます🥰
    お休みなさいませ🫶

  • アッキ

    ASKAさんが京都に住まいを移したのは「必然」だったのでしょうね。何かの機会に前世を観てもらったらいいかもしれないですね。きっと繋がってますよ。じゃないとこんなに繋がる理由がないと思います。
    KENTOさんのパフォーマンスを見てみたいなぁ

  • abcravel

    ASKAさんと京都のつながりは相当なものですね。
    これは導かれていますよね。
    続きをありがとうございました♪

  • puruchan

    ASKAさん、こんばんは🌙

    お話の続き、ありがとうございます。
    夜会ではASKAさんの音楽に励まされながら修行を続けられた僧侶の方々をはじめ、いろいろな方々との出会いがあったのですね。

    ASKAさんの京都での様々なお話をお聞きしているうち、私も京都へ行きたくなりました。京都で頂くお食事は
    もちろん〝閑臥庵〟で。格式ある精進料理を一度は食べてみたいです。

    ASKAさんが語る京都の話に思いを馳せながら…☺️🍂

  • 砂漠の薔薇

    ASKAさんが、いつか京都に住むことになるとおっしゃった日、その場にいました。
    その時は、サービストーク?だと思いましたが、その時お話されていた色々な話が大変興味深かった。
    その後、本当に京都に引っ越して来られて、大変驚きました。
    いつもCDを聴いていたとはいえ、テレビの中の人、ステージの上の人、遠い存在だった方がご近所の方になった驚きと言ったら。
    碁盤の目はどこもご近所ですから(笑)

  • カナカナ

    ASKAさんこんばんは。
    京都はスピリチュアルだと思います。
    ASKAさんはそこに惹かれて 
    京都に引っ越したんだと理解しました。
    すごい夜会でしたね。
    いろいろ考えさせられた夜会に
    なったんだなと感じました。
    京都素晴らしいですね。
    いつも愛しています。ずっと大好きです。

  • umeko

    なにかもう、壮大な物語を読んでいるようです。
    ASKAさん、絶対にまた本を出されてください。年代別に自分史を。お願いします。このブログをそのままもいいですが、復活されてからの勢い、生き方。
    隅々まで知りたくなりました。
    ニューアルバムもお待ちしてますが!